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アール・ヌーヴォーにおけるジャポニスム

古えの人々にとって外界の自然は神々の精霊の宿るところ、もしくは神の被造物であって人間がそれらに触れたとき、匂い、暖かい感触、驚嘆などといった生命感溢れるものがあった。植物の文様によせる装飾作用は単に草花の美しさをめでる以上の神話的霊的意味が含まれていた(ナルキッサス=水仙、マリア=白百合、錬金術の象徴=薔薇など)。
しかし近代が神の死を宣告し人間が理性や科学の絶対のもとに自立した時、外界の事物は知的認識として対象化され無機的物質に堕落してしまったのである。19世紀末アール・ヌーヴォーの登場はこの西洋において思想、芸術の根幹をなすヘレニズムとヘブライニズムにおける「形而上学」「イデア」への志向が終焉をきたす中で植物や昆虫によって人間と外界との有機的関係の復権であった。当初、ガレ、アール・ヌーヴォー作家は最後の貴族趣味というべきロココ様式を踏襲したが次第に万国博覧会などによる紹介、流入されていた日本の美術工芸に注目していく。そこにはもはやヨーロッパには見られない、人間と自然の関係が調和した文化と草花文装飾などが生活のすみずまで息づいている美術工芸道具があった。この西洋のギリシャ以来の「イデア」ともルネッサンスの遠近法、また近代の科学的視座によるリアリズムとも無縁な日本美術工芸の奥行のない非対称と平面装飾の美意識、表層文化は大きな驚きであったのである。
かくしてジャポニスムは、旧来の硬直した美術様式を打開し、ヨーロッパ中に伝播していった。しかし、1904年ガレが死去し1920年代に入ると時代の流れは世界的な近代工業化社会の大量生産、実利主義、反自然主義的機能美が優勢を占め、アール・ヌーヴォー、ジャポニスムの自然主義は衰退していく。
植物や昆虫に託した有機的生命感の自然志向は人間にとって永遠に不可欠な精神であり古今東西最も重要な装飾のモチーフとしてきたのである。歴史の底流から湧き出る「楽園幻想」、アール・ノーヴォーはその最後の「開花」になってしまうのであろうか。

アール・ヌーヴォーとその関連年譜

年譜